BRM1011宇都宮600km 風車試走

今回のルートは、「自分による、自分のための、自分のブルベ」として生まれた。
見知らぬ土地を延々と走り続ける600kmは、根っからの引きこもり気質にはなかなかの苦行。
やっぱり、見慣れた風景の中で気ままにペダルを回したい――そんな思いから生まれたのが、200kmを3本つなげた“風車型ブルベ”だ。

中心から三方向に広がる翼のようなルートは、まさに風車そのもの。
第1翼目は会津地方の山々を巡る200km。
第2翼目は日光方面へ向かい、道の駅を繋いでいく200km。
そして第3翼目は、いわきの海へ潮風を浴びに行く200km。

PCの数や距離配分の調整は意外とシビアで、ひとつの大きなループやワンウェイよりもずっと難しかった。
それでも、試行錯誤の末に仕上がったルートを走りきったときの手応えは格別だった。

出発

地元開催のありがたみは、なんといっても朝の余裕だ。
出走1時間前に起きれば間に合う——この贅沢さ。
宇都宮を朝5時に出発するような実走スタートなんて、もう今の自分には無理だと思う。
スタッフ集合はスタートの1時間半前。
移動と朝食を考えれば2時起きが必須。
それに比べて今回は、2時間もの“ボーナス睡眠”。
このアドバンテージ、想像以上に大きい。

ゆっくり目を覚まし、犬とじゃれ合い、ウサギたちに朝ごはんをあげる。
珈琲を淹れて、香りに包まれながら少しずつ意識が覚醒していく。
パンをかじりながら、いつもの朝をそのまま過ごせる幸せを噛みしめる。
これが、地元開催の何よりの特権だ。

今回はホテルを取っていない。
けれど、実は“裏技”を使って2回分のドロップバッグを準備済み。
中には替えのジャージ、宿泊用品、予備バッテリーを入れてある。
だからサドルバッグは0.5Lのミニサイズ。
中身は点鼻薬と非常用の鍵だけ。
正直、それすら要らない気もするけれど——サドルバッグを付けていた方が「ブルベを走る人」っぽく見えるから、なんとなく。

よく「自宅に帰ればいいじゃない」と言われるけれど、ブルベには暗黙のルールがある。
“自宅での休息は禁止”。
この線引きについて質問すると、多くのスタッフはこう答えるはずだ。
「サポートが禁止されているから」
「参加者が公平に使えない施設だから」
……確かに理屈はわかる。けれど、もし家に誰もいなければサポートにはならないし、“公平性”という言葉は規約のどこにも出てこない。
頭ごなしに「ダメ」と言うだけでは、少し納得しづらいものがある。

実際のところ、ブルベ規約第7条ではこう定められている。
「外部からのサポートはPC(コントロール)以外では認められない」。
つまり、自宅はPCではないため、主催者が外部サポートの有無を確認できず、“疑義排除”の観点から禁止されている——というのが真の理由だ。
公平性を保ちながら、宿無しでも完結できる仕組み。
その実践としての“ドロップバッグ運用”については、後ほど触れることにしよう。

第一翼 — 会津の山と熊の影 —

最初に回るのは会津地方。
羽鳥湖からこぶしライン、裏磐梯、そして勢至堂へ——200kmの山岳ブルベとほぼ同等のレイアウトだ。
激坂も長い登りもないからコース的な難易度はそれほどではない。
だが、問題はひとつ。熊である。
通過エリアすべてが熊の生息地。
今回はフロントフォークに熊スプレーを装備して挑む。

天気予報によれば北北西の風。
行きは向かい風、帰りは追い風——理論上は、だが現実はそう簡単じゃない。
上り基調の平坦区間を、風に押し戻されながら無駄足を使って進む。
羽鳥の上りよりも正直こっちの方が堪える。
登り区間に入ってしまえば、山が風を遮ってくれるのでむしろ楽。
慣れた道という安心感もあり、熊にも遭遇せず、あっさり羽鳥湖を通過。

下郷へ向かう国道118号線は、とにかく路面が悪い。油断するとリム打ち必至。
ジレを着ているので寒さは問題ないが、この時期の体温調整は難しい。
長い下りのあとは、熊の本拠地へ突入だ。
大内宿へ分岐する少し手前にセブンイレブンがあるけれど、補給の必要もなくそのまま通過。

ここからが序章の上り区間。
車も少なく、気持ちに余裕もある。大内宿の看板を撮影するくらいの余裕もあった。
しかし、その先のダム区間は地元でも指折りの熊スポット。
特にトンネル内で出会ったら終わりだ。
念のため、熊スプレーの安全ピンを外しておく。
結果としては、トンネルも無事通過、こぶしラインも何事もなく抜けた。
今日いちばんの難所を無傷で突破。

こぶしラインを終えると、裏磐梯の麓まで長い直線の平坦が続く。
わずかに下り基調なのに、北北西の風が正面から邪魔をする。
途中には何軒もコンビニがあるが、持参したグミで十分。
途中の自販機で水だけ購入して通過。
喜多方をかすめるあたりで、風車ルート最大の登り区間に入る。
距離はあるが平均勾配は5%と穏やか。
桜の季節なら絶景なのだろうが、今は淡々と登るしかない。
道はきれいで交通量も少なく、地元練習コースとしても悪くない登りだ。
道の駅「裏磐梯」でフォトチェックを済ませ、休憩予定のセブンイレブン(檜原湖近辺)を目指す。

そこで——熊、出現。
道の駅を出てしばらく進むと、林の奥で黒い影が動く。
熊だ。
道路には出てこなかったので、姿が見えなくなったところでそっと通過。
まさか警戒していた山奥ではなく、観光客の多いこの場所で見ることになるとは。
幸い、距離もあったし落ち着いていたので、冷静に対処できた。

休憩を終え、裏磐梯からの下りへ。
猪苗代方面は風がくるくる変わり、向かい風になったり追い風になったり忙しい。
やがて猪苗代湖に近づくと、反対車線から大量のサイクリストたち。
そういえば知人がツールド猪苗代に出ると言っていたのを思い出す。
みんな風に苦しそうな顔。
それでも、せっかくのイベントだから楽しまなきゃ——なので頑張れ!と声をかける。

勢至堂峠も難なくクリアし、白河へ帰還。
予定より早く、8時間半で一巡完了。
ここでドロップバッグを使い、装備を入れ替える。
預け先はセブンイレブン白坂白河店。
「地元の店だから」でも「知り合いがいるから」でもない。
ヤマト運輸の“セブン受け取りサービス”を利用し、100サイズまでの荷物を預けておいたのだ。
着替えを終えたら、あらかじめ用意しておいた送り状を貼ってそのまま自宅へ返送。

第二翼 — 夜風と墓地の眠り —

この区間は、参加者がそれぞれの走り方を選べるように調整した。
白河で仮眠を取る者、途中で休む者、あるいは一気に駆け抜ける者。
伊王野、馬頭、喜連川、ろまんちっく村、矢板、友愛の森など、道の駅が点々と続くため、野宿の選択肢にも困らない。
ホテルに泊まるなら、340km付近の矢板か、400km近くの白河が現実的なポイントだろう。
自分はドロップバッグの関係で白河に戻らざるを得ないため、この区間での仮眠はとらない。
休息よりも通過時間を優先して走ることにした。

白河から馬頭までは練習コースの定番なのでペース配分も完璧。
第二翼に入る前に1時間休み、補給も済ませた。
宇都宮での夕食まではノンストップのつもりだ。
ちなみに、長めの休憩ではサイコンをスタンバイにしてバッテリー節約。
そのためStravaには休憩ポイントが表示されない。
どこで止まっているか知られない方が、防犯上も都合がいい。
多少のアップダウンをいなしながら、順調に馬頭へ到着。

そこから久々のグリーンライン。
コースは正直覚えていないが、「田舎の広域農道よりマシだろう」と楽観して進む。
……が、予想は外れた。道幅は狭く、路面は荒れ、交通量までそこそこある。
少しばかり気疲れしながらも抜け出すと、国道293号線でさくら市方面へ。
街に近づくにつれて車が増え、渋滞する交差点はアンダーパスからの交差点でやり過ごす。
ろまんちっく村を予定通りの時刻に通過し、田野のセブンイレブンで夕食。
……今思えば、ここで食べたのが失敗だった。

再び走り出して文挟へ。
夜のこの道は初めてで、街灯も少なく真っ暗。10kmほどなのに妙に長く感じる。
景色が見えない分、時間の流れも遅くなる。
文挟駅のフォトチェックを終えたところで、F.O.R.Vの富士ヒルライングループからエントリーの話題がLINEに飛び込んできた。
駅近くの自販機で缶ジュースを飲みながら、やり取りに加わる。
思えば、もっと早く宇都宮を通過していることを伝えておけばよかった。
せっかくボスから夕飯に誘って貰ったのに、すでにセブンで食べてしまった後だった。
ブルベの途中で誰かと食事できる機会なんて滅多にないので悔しい…。
ちなみに、第三者からのサポートは禁止だが、「一緒に食事をしてはいけない」というルールはない。

LINEのやり取りが落ち着いた頃、再びペダルを回す。
塩屋までの道はGoogle Map頼りで引いた区間。
細かいアップダウンが多く、疲れた脚には地味にきつい。
ただ、車通りが少なく静かな夜道は嫌いじゃない。
矢板市に入ると、カインズホーム近くで軽自動車が縁石に突っ込んでレスキュー中。
つい見入ってしまい、気づけば少しコースアウトしていた。

県道30号線で那須を目指す。
矢板へ向かうことは多いが、逆方向は新鮮だ。
日も暮れ、景色も見えず、自分の位置感覚だけが頼り。
たかが30km、されど30km。こういう区間は妙に長く感じる。
そして、あまり面白みのない道だとさらに長く感じる——そんな典型だった。

友愛の森でフォトチェックを済ませ、りんどうラインへ。
ここまで来れば、あとは走り慣れたルート。
県境手前の農道は荒れているが、夜は対向車も少なくむしろ走りやすい。
やがて福島県に戻り、セブンイレブンでドロップバッグを受け取り、装備の交換と寝具の確認。
この区間も予定より少し早く、8時間でクリア。

よく「そのスピードならホテル泊でもいいのでは?」と言われる。
でも、ブルベ中に宿に泊まるのは自分のスタイルじゃない。
どこかにベッドを挟んでしまうと、それは“600km走った”とは言えない気がするのだ。
だから、あえて野宿しかしない。今回の寝床は——墓地。

初めて使ったとき、「屋根もあるし、人も来ないし」で仮眠したら、これが想像以上に快適だった。
静かで、誰も来ない。水道もあり、手や顔を洗える。
これほど完璧な野宿地が他にあるだろうか。
今回は冷え込み対策でドロップバッグにエマージェンシーシートと寝袋を入れておいた。
結果、明け方までの6時間、ぐっすり爆睡。
夜風に包まれた静寂の中で、身体も心もリセットされた。

第三翼 — 潮風と門限とハンバーグ弁当 —

思いのほか仮眠が取れたおかげで、体調は万全。
装備を片付け、荷物をまとめて再びコンビニから自宅へ発送。
準備を整えたら朝食をとり、いよいよ最後の200kmへと出発する。
18時にはパグの爪切りの予約が入っているので、門限は16時。
再出発は朝6時——つまり10時間で走り切ればいい。
気持ち的には「余裕のサイクリング」である。

最初は夏井までの上り基調。斜度もゆるく問題なし。
ただ一点、中島からいわきまでの約70kmに補給ポイントがほぼ皆無という難所が待っている。
コンビニも商店もなく、食料が尽きれば“本気の遭難”になる。
自販機はあるが食べ物はないので、出発前にグミとおにぎりを買ってポケットへ。
食べずに捨てることもあるが、フードロスで炎上するより、補給切れで倒れる方がよほどマズい。
結果的には夏井川渓谷あたりでそのおにぎりを食べることになり、ちょうどいい補給になった。

夏井川沿いの下りは気持ちいい——と言いたいところだが、路面は荒れ、踏切も多く、対向車も多い。
スピードを出すような場所ではない。
“夏井川渓谷”と名乗ってはいるが、渓谷を眺められるのは一部のみ。
「滝」の看板を見つけて立ち寄ったが、滝というより水の筋、といった風情だった。

渓谷を抜け、いわき市内に入ると、ローソンが出迎えてくれる。
ここは珍しく医薬品が売られている店舗で、薬剤師を雇っているらしい。
500kmを越えてもカレーが食べられるということは、内臓がまだ元気な証拠。
カレーとからあげクンを頬張り、エネルギー満タンで四倉を目指す。

海沿いに出ると、平坦かと思いきや意外なアップダウン。
しかも向かい風。
「帰りは追い風になりますように」と祈りながら、ペダルを回す。
時間はまだ4時間ほど。ゆっくりでも門限には間に合うが、せっかくなのでZ2ペースで走行。
脚も心もまだ元気だ。
だが追い風になる事はなかった。

小名浜にあるセブンイレブンにはピクニックテーブルがある。
地べたで食べるのも慣れているが、やっぱりテーブルの上の昼食は格別だ。
目の前の「ウロコジュウ」は人気の海鮮丼屋。
テレビで紹介されてから、いつも大行列。
正直、味はそこまででもないが、「並ぶこと」に価値を感じる人もいるのだろう。
1時間以上待つ人々を横目に、ハンバーグ弁当を頬張る。
人の不幸をおかずに食べる飯は、なぜかやたらと美味い。
今年いちばんのコンビニ弁当だった。

腹も心も満たされ、再出発。
しかし、小名浜の埠頭区間は油断禁物。
駐車場にしか注意を払っていない車が、平気で進路に飛び込んでくる。
今回も2回ほどヒヤリとした。
“塗膜剥離剤をぶっかけたい衝動”を抑えつつ、冷静にスルー。

危険地帯を抜け、御斎所街道で古殿へ。
特に休憩の必要はないのだけど、最後のセブンでクエン酸を補給。
小名浜道路の開通でルートが少し変わっていたが、事前調査済みなので問題なし。
新しいトンネルも快適で、あとは淡々と上り基調をこなすだけ。
それでも向かい風がずっと邪魔をする。
去年の田人200kmほどの暴風ではないにせよ、地味に削られる。

御斎所街道を抜け、石川町を経て白河へ。
地元が近づくと脚も軽く、600kmの後半なのにもかかわらず巡航30km/h前後で快調。
東に差しかかったあたりで甘いものが恋しくなり、セブンに立ち寄る。
駐車場には自転車がぎっしり。
入ってみると、高校生の群れが騒ぎまくっていた。
店員の女の子は明らかに不機嫌。
しかもBigプッチンプリンが売り切れ。
こちらもご機嫌ナナメ。
仕方なくゼリーで我慢し、やかましい駐車場を後にする。

ゼリーを買うだけで10分もロスしてしまったが、足取りは順調。
中田あたりで同級生の家の横を通ると、庭がすっかり森と化していた。
今度茶化してやろう。
そんな事を考えていたら気づけばゴール。
休憩を多めに取った分、予定を少しオーバーしたが、9時間30分で第三翼を完走。

静かな満足と、ちょっとした達成感。
600kmの旅は、こうして穏やかに幕を下ろした。

まとめ

3回の走行と2回の休憩で、合計34時間ちょっと。
狙っていた「9時間×3周=13時間休憩」の計算はほぼ的中。
10時間×3なら休憩10時間、11時間×3なら7時間、12時間×3なら4時間。
自分のペースに合わせて走り方を組み立てやすい、計算のしやすいルートだったと思う。
600kmを“ひとつの長い旅”としてではなく、200kmを3本積み重ねるように走れるのは、
この風車ルートならではの魅力だろう。

そして、ここだけの話——
来年度はさらに調整が難しかった「東西南北」型の150km×4=600kmを開催予定。
地元から離れず、風向きと標高を織り交ぜた構成にするつもりだ。
自分の“引きこもり気質”を逆手に取ったブルベ。
この土地でしか生まれない600kmになると思う。

蛇足

誰が言い出したのか、「初心者は20km/hで計算するな」という言葉をたまに耳にする。
でも、個人的にはこう言いたい、「初心者は20km/hで計算できる脚を作れ」と。

ホテル滞在や長い休憩を除いてグロス20km/hで走れる脚を持つだけで、ブルベの世界は一気に広がる。
時間に追われない走行は、それだけで安全につながる。
たっぷり休憩を取る事も出来る。
それは単なる速度の話ではなく、“余裕を生む力”の話だ。

誰かの体験談を参考にするのは良い。
けれど、それを「唯一の正解」とは思わないでほしい。
必要なのは、日々の練習。
知識も経験も、走っていれば勝手に身についていく。
そうして積み上がった脚と心こそが、ロングライドを支える。

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