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消耗しないために、居場所を選んだ一年
2025年は、走り方が変わった一年ではなかった。
距離が劇的に伸びたわけでも、出力が一段跳ね上がったわけでもない。
それでも、はっきりと違う感触が残っている。
変わったのは、自分がどこに身を置くかを、意識的に選ぶようになったことだ。
どこで走るのか。
誰と関わるのか。
そして、自転車に乗り続けたいと思えるかどうか。
これまでも考えていなかったわけではない。
ただ、2025年はそれを
「曖昧なままにしない」
「流れに任せない」
という姿勢を、はっきり取った一年だった。
同じ時間を走り切った200km
この一年を振り返って、最初に思い浮かぶのは、奥さんと一緒に走った200kmだ。
200kmという距離自体は、ブルベを走っている人間にとっては特別に誇るような数字ではない。
完走したから偉い、という話でもない。
それでも、この200kmは自分の中では間違いなく「節目」だった。
速さを競わず、誰かを引っ張ることもなく、無理に合わせることもない。
同じペースで、同じ時間を使い、同じ景色を見ながら前へ進む。
疲労の溜まり方も、休憩の取り方も、ペダルを回すリズムも、少しずつすり合わせながら進んだ200km。
これは「一緒に走った」というより、「同じ時間を共有した」と言った方が近い。
teamYOKO-OKAが大切にしてきた
「速さより、続けられること」
「結果より、納得できること」
その価値観を、言葉ではなく体験として確かめられた一日だった。
AJ宇都宮で白河を走らせるという経験
2025年は、走る側としてだけでなく、「場をつくる側」にも明確に足を踏み入れた年だった。
AJ宇都宮として白河開催が発足し、ルート設定、時間配分、土地との関係を、これまでとはまったく違う視点で考えるようになった。
ブルベは、距離を設定すれば成立するイベントではない。
参加者がどこで迷うか。
どこで時間を失うか。
土地柄として何に注意すべきか。
その一つひとつが、現実の制約として立ちはだかる。
机上で描いた理想が、現地で簡単に崩れ、修正され、ようやく形になる。
このプロセスを内側から経験できたことは、走力とは別の意味で、自分の自転車観を確実に広げてくれた。
中途半端な場所は、人の熱を奪う
一方で、2025年はある場所から距離を置いた年でもある。
BBRは、以前所属していたショップチームだ。
しかし次第に、「この場所は何を目指しているのか」が見えなくなっていった。
レースに本気で向き合うわけでもない。
ゆるく楽しむことを掲げているわけでもない。
その中途半端さ自体が問題なのではない。
問題だったのは、それを修正しようとする意思が無かったことだ。
活動はほとんど無く、実際に動いていたのはごく一部。
そこへ、場の空気を読む気もなく、方向性を理解しようともしないメンバーが入り込んできた。
辛うじて残っていたバランスを、無自覚に踏み荒らしてくる、そんな感覚だけが強く残った。
正直に言えば、気持ち悪さの方が先に来た。
そこに居続ける理由を、これ以上探す気にはなれなかった。
いっそ昔の生活に戻ろうかとも思った。
拾ってくれたのが、F.O.R.Vだった
そんな時期に声をかけてくれたのがF.O.R.V だった。
自分を見失いかけていたところを拾ってもらった。
過去を評価することもなく、理由を詮索することもなく、ただ「うちで走らない?」とだけ言ってくれた。
勝ちに行くという目的は明確だが、人を削る空気はない。
役割ははっきりしているが、居場所はきちんと残っている。
自転車に乗る理由を、もう一度思い出させてくれた場所だった。
このチームには、感謝しかない。
F.O.R.Vは、自分にとって間違いなく恩人だ。
結果は、環境の延長線にあった
2025年、
「もてぎエンデューロではカテゴリー1位」
「ジロ・デ・白河ではカテゴリー3位」
能力が急に伸びたわけではない。
練習量が劇的に増えたわけでもない。
役割があり、迷わず走れる環境があった。
結果は、その延長線にあった。
最後、踏み切れた理由
踏み切れたのは、F.O.R.Vのメンバーとして走っていたからだ。
個人としてではなく、チームの一員として結果を持ち帰る立場だった。
それ以上でも、それ以下でもない。
自分のためだけなら、あの場面で無理をする理由は無かった。
正直に言えば、BBRだったら確実に踏み止めていた。
踏み切る理由が、そこには存在しなかったから。
teamYOKO-OKAは、戻る場所
だからといって、teamYOKO-OKAが過去になるわけではない。
ここは、順位も、速さも、一度置いて走れる場所だ。
横岡を登り、淡々とペダルを回し、余計なことを考えずに走る。
この場所があったから、歪んだ環境から離れられた。
この場所があったから、拾ってくれた手を、素直に掴めた。
消耗しないために、居場所を選ぶ
努力や根性の話ではない。
合わない場所に居続けることが、人を一番消耗させる。
消耗しないために、居場所を選ぶ。
それは逃げではない。
自分の時間と熱量を守るための判断だ。
2025年は、強くなる前に、消耗しない選択ができた一年だった。
また来年、横岡で。
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